- 三冠達成を懸けたBig Brownのレース
- きょうだいでの3連覇を懸けたCasino Driveのレース
- それ以外の出走馬のレース
記録としてはCasino Driveに懸かるきょうだいでの3連覇は、その資格を持った挑戦者の出現自体が空前にして、おそらく絶後である。三冠への挑戦などは来年にもまた行われるかも知れないし、そこに無敗という価値を付加することも、今後10年に一度くらいには起こりえることであろう。舞台にたどり着くこと、三冠を懸けたゲートに入ること自体は比較的容易なのである。しかし、その結果を得ることはこの30年絶えて、無い。現在、三冠の価値を保証しているのは、その三冠馬になれなかった挑戦者の数なのだろう。
よって価値の上ではBig Brownの挑戦が、Casino Driveの挑戦を遙かに上回る。確かにCasino Driveの挑戦は稀少である。だが、それ故にCasino Driveという馬の価値はBelmont Sのゲートに入ることによって、ある意味では失われるのだ。また、観戦者である我々はCasino Driveの挑戦をどう評するべきだろうか。これはCasino Driveに帰せられる栄誉だろうか。違う。ここではBetter Than Honourこそが称せられるべきだ。
三冠馬と二冠馬の物語
1970年代北米競馬は3頭の三冠馬が登場する黄金時代を謳歌した。Belmont Sを31馬身差のSecretariat、無敗のSeattle Slew、死闘を演じたAffirmedである。1978年、三冠戦で三度永遠のライバルAlydarをマッチレースの末2着に下したAffirmedは前年のSeattle Slewに続いて三冠馬となった。これによって現役に2頭の三冠馬が並び立つ時代となる。
1979年、3年連続の三冠馬誕生の期待を受けたSpectacular Bidの快速は距離の前に敗れ、直線で力尽きた彼は3着に終わった。
1981年、Pleasant Colonyが挑んだが、3着に終わる。
1987年、AlyshebaはAvies CopyとGone Westが演出したスローペースに嵌り、3コーナー手前で出し抜けたBet Twiceを捕らえることなく4着に終わった。則ちBet TwiceはAlydarにはならなかったのである。
1989年、二歳王者としての矜持、同じ相手に二度続けて敗れた事への意地、地元調教馬としての面子、そして父Alydarから引き受けた執念を以て、Easy GoerはBelmont Parkのメイントラックを駆け抜けた。それは、4コーナーで勝負を決め、Sunday Silenceを8馬身千切る彼にとっての一世一代であった。
1997年、この路線の上がり馬Touch Goldは序盤レースをリードするも、バックストレッチから控え、Free HouseをしてSilver Charmに仕掛けさせ、自身はSilver Charmの後ろに付け、直線で外からまとめて差しきった。このときSilver Charmの主戦として三冠を阻止されたGary Stevensは翌年、Victory Gallopを駆って自身が三冠を阻止する側に回る。
1998年、直線で抜け出し、ほぼ三冠の栄誉を手にしたかと思われたReal Quietに襲いかかり、馬体を並べて決勝線を越えたVictory Gallopはハナ差でReal Quietの野望を打ち砕いた。前の2戦でともに差してReal Quietに届かない2着に終わっていたVictory Gallopの渾身の追い込みであった。このときReal Quietの手綱を取ったのがKent Desormeaux。一方のVictory Gallop、そのキャリアの初勝利はLaurel Parkでまだメリーランドを拠点とする騎手に過ぎなかったEdgar S. Pradoの手に拠っている。1997年に彼が挙げた536勝の一つに過ぎないものではあったが。
1999年、Charismaticは生涯初めての一番人気を背負ってのレースとなったが、Peter Pan Sを使って立て直してきたLemon Drop Kidの前に3着に敗れた。骨折し、一命は取り留めたが、そのキャリアを終えた。
2002年、War Emblemはバックストレッチで先手を奪いに行くも結果として自滅、直線で沈み8着と大敗を喫した。
2003年、再び現出したアメリカンドリームの体現者と言われたFunny Cideは水の浮いた馬場も考慮したかそれまでと異なり果敢に先行したが、3着に終わった。Kentucky Derbyを2着で終えた後は、Belmont一本に狙いを絞ったEmpire Makerの攻勢を受け続け、耐えきれなかった。
2004年、Seattle Slew以来の無敗の三冠馬を目指したSmarty Jonesは、3コーナーまでにEddingtonを、続いてRock Hard Tenを始末したが、これを離れて見ていたEdgar S. PradoのBirdstoneが4コーナーから強襲。直線で伸びを欠くSmarty Jonesは凌ぎきれず1馬身敗れて2着。生涯最初の敗戦が、生涯最後のレースとなった。
そして2008年、Big BrownはSeattle Slewになれるのか、Smarty Jonesで終わるのか。
5戦5勝、王者にして挑戦者
報道されているような蹄の問題を考えると、勝とうが負けようがBig Brownにとってこのレースが最後になる可能性がある。三冠が懸かっているからこその出走であるし、三冠を取ると言うことはその後に競走馬としてあり得たキャリアの全てを引き替えにしても狙う価値があるということである。陣営はTravers Sの伝統に敬意を表すとともに、Curlinに挑むために後の2戦を考えているようだが、果たして保つだろうか。単体のレースとしてならば既にBelmont Sは高い価値を持ち合わせていない。そのことは皮肉な巡り合わせだがJazilの待遇を見ても明らかな話である。現在Belmont Sは三冠の最終戦として、二冠馬が最後の壁として挑むことによって価値を維持している。
Affirmed Owner Ready for a Triple Crown | bloodhorse.com
このような記事が書かれること自体、三冠の特別性を物語ると言えよう。BC Classicでこのような事は起こらない。であれば、これが北米競馬の頂点である。しかし、その頂点に挑む権利は出走馬に平等に与えられたものではない。唯一頭の馬がその特別な権利を持つ。このとき他の出走馬は全てヒールである。
2戦2勝、未だ正体不明
Casino Driveは日本でデビュー戦を迎えた得体の知れぬ馬である。父MineshaftはA.P. Indyの最高傑作とも評されるが種牡馬としてはこの世代が初年度であり、現状のサンプルが少なく未知の種牡馬である。一方Peter Pan Sに出走した。ここで2着のMint Laneはなにがしかの物差しにはなるだろう。兄がJazilであり、姉がRags to Richesである。それぞれ父はSeeking the GoldとA.P. Indyである。Jazilのパンフレットにはこうある。
Classic Winner実に恐ろしいファミリーと言わざるを得ない。しかし、Casino Drive自身はまだ成し遂げていない。
With a Classic Pedigree
Over 120 stakes horses under first 3 dams
76 SWs . 50 Graded/Group SWs . 13 Champions
... And Counting
http://www.bloodhorse.com/stallion-register/pdfpage.asp?refno=6774774&name=jazil&origin=SRPage (PDF)
今、この段階になってさえ、Casino Driveが一度カジノドライヴであったからには6月7日のBelmont Parkの11Rではなく、6月1日の東京競馬場の10Rのゲートに入るべきだったと思っている。個体の挑戦としてみるならば、その方が気高いのだから。William FarishがMineshaftに託した挑戦はそういった種類のものであった。
奇縁
Anak Nakalの血統は奇妙な程にこのような舞台に関係している。父Victory Gallop、母父Quiet American。Victory GallopはQuiet American産駒のReal Quietの三冠を阻止した。また、その父CryptoclearanceはAlyshebaの挑戦に立ち会って、自身は2着でレースを終えている。彼らの属するFappianoの父系は北米にあってMr. Prospector系の主流を成すだけあって、こうした舞台に触れる機会が多いのも肯けるとはいえ、Empire Maker、Birdstoneも同じくFappianoの直系に属しているのである。正統派
本来ならば、Preakness SをスキップしてきたKentucky Derbyの上位馬に三冠阻止の期待が掛けられるべきである。今年ではDenis of CorkとTale of Ekatiがそれに該当する。彼らはKentucky Derbyで見せられた差を逆転できるかを問われる。敢えて言うならば、正統派の組み方をしているDenis of Corkに期待となるのだろう。なおDenis of Corkの叔父に当たるDa' Taraもエントラントに名を連ねている。PimlicoのBarbaro Sを2着しての挑戦で、過去にはSaravaがPimlicoのSir Barton S勝ちからの転戦でロングショットを決めている。悲劇に見舞われたBarbaroを記念してレース名が変更されたが、同じレースである。
一方Tale of Ekatiは、Big BrownがCarpet Slipperで、Casino DriveがBest in Showならば、彼はMaplejinskyの底力に期待を掛けるしかない。
上がり馬
Preakness SからはMacho AgainとIcabad Craneが再度挑戦する。Macho AgainはぎりぎりでChurchill Downsにたどり着けなかった典型的なタイプに映る。Touch Goldなどがそのタイプであった。上昇度を考えればまだ5戦3勝のキャリアしかないIcabad Craneになるだろう。血統でも上位に位置し、12Fをこなす素地を持っている。Ready's Echoも4戦とキャリアが浅い。しかし、Peter Pan SでMint Laneを差すことすら出来なかったこの馬を上がり馬と言って良いものだろうか。母父に何を起こすか分からないKingmamboを抱えた意外性はあるだろうが、そこまでである。
闖入者
エントリーが発表されて明らかになった事、それは未勝利馬のエントリーである。5戦して未勝利、2度の2着と1度の3着が実績のGuadalcanalである。何しに来たと言っても、枠が空いている以上は拒まれるべきではない。Fred Seitz師が所有し、管理するこの馬は前走でChurchill Downsの芝12Fで2着に入った。Maidenのレースとしては上々の時計でもあったらしい。もとより距離には自信を持っていたとSeitz師はコメントしている。強かである。これは注目されるべき挑戦である。そういう意味ではCasino Driveの陣営がSpark Candleをここに用意しなかったことは甘いと言うことになるのだろう。今更言う話でもないがこの陣営は全てにおいて徹底を欠いていると見える。
Post | Horse | Sire | Dam | Broodmare Sire | Jockey | Trainer |
1 | Big Brown | Boundary | Mien | Nureyev | Kent Desormeaux | Richard Dutrow Jr. |
2 | Guadalcanal | Greame Hall | Bessette | Quest For Fame | Javier Castellano | Fred Seitz |
3 | Macho Again | Macho Uno | Go Donna Go | Wild Again | Garrett Gomez | Dallas Stewart |
4 | Denis of Cork | Harlan's Holiday | Unbirdled Girl | Unbridled | Robby Albarado | Dallas Stewart |
5 | Casino Drive | Mineshaft | Better Than Honour | Deputy Minister | Edgar Prado | Kazuo Fujisawa |
6 | Da' Tara | Tiznow | Torchera | Pirate's Bounty | Alan Garcia | Nick Zito |
7 | Tale of Ekati | Tale of the Cat | Silence Beauty | Sunday Silence | Eibar Coa | Barclay Tagg |
8 | Anak Nakal | Victory Gallop | Misk | Quiet American | Julien Leparoux | Nick Zito |
9 | Ready's Echo | More Than Ready | Menekineko | Kingmambo | John Velazquez | Todd Pletcher |
10 | Icabad Crane | Jamp Start | Adorahy | Rahy | Jeremy Rose | H. Graham Motion |
全てはペース次第である。ペースが上がらなければBig Brownが最初から行くだろう。機先を制しようとする馬がいたならば行かせるだろう。その場合Big Brownは内の2番手というポジションを難なく得ることが出来る。そして、バックストレッチか、3コーナーから4コーナーか、或いは直線に入ってからか、前にいる馬とそのペースによるだろうが、必ずBig Brownが先頭に立つ瞬間は来る。勝負はそこからだろう。今回の出走メンバーは差しに片寄っている。だが、自信を持って差してこれる馬がいるだろうか。Pyroの不在が惜しまれる。