ARB報告から見る長距離戦の現況
ThoroughbredNews: The future of staying races in Australian Racing
Australian Racing Boardが発表したレポートについての記事で、原文はARBのサイトにでもあるんじゃないかなと思いますけど、ざっと見て見当たらなかったのでパス。プレスリリースにARBのチェアマンBob Pearsonのコメント付きの要約なら見つけましたが、ThoroughbredNewsの記事の方が詳しいです。
オーストラリアの長距離戦は各地区でカップ戦が行われており、その頂点のようなレースがMelbourne C(Victoria)なのですが、この他Adelaide C(South Australia)、Sydney C(NSW)、Brisbane C(Queensland)、Perth C(Western Australia)という3200mのレースが行われています。このうちレベルの劣る西オーストラリアのPerth Cは1992/93シーズン以降GIIに降格していましたが、今シーズンはさらにAdelaideとBrisbaneのカップ戦がGIIに降格しました。またBrisbane Cは2400mに短縮される可能性があります。事情はニュージーランドも同じで、Wellington C、Auckland C、New Zealand Cというレースが3200mで行われていますが、このうちNew Zealand CはGIIです。また、Makybe Divaのようなチャンピオンステイヤーを擁していなかったとはいえMelbourneでDelta BluesとPop Rockに全く敵し得なかったのがオーストラリアのステイヤーの現状です。
ARBも何も手を打たないわけではなく、2300m以上のレースを対象にしたAustralian Stayers Challengeと銘打ったシリーズを開催しているのですが、あまり効果を上げてはいないようです。昨年もあったのですが、1年間のシリーズなのに残りの1ヶ月でGIを2勝しただけのTawqeetがチャンピオンになってしまっては興醒めもいいとこでしょう。
さて、ARBのレポートはこうした状況にあるオーストラリアの長距離戦の将来に向けての戦略を立てるための議論を惹起するためにまとめられました。では、レポートの内容を少しずつ紹介します。
レポートによるとオーストラリア競馬界が長距離戦に関して抱える問題は以下のとおりです。
- オーストラリアにおけるステイヤーの質の低下及び裾野の減少
- ステイヤーのレース出走機会が不十分であること
- ステイヤーを所有するオーナーに対するインセンティブの不足
- オーストラリアの生産界がスピード重視であること
- オーストラリアがスプリントレースに制圧されかけている事
ステイヤーの出走機会については統計が出ており、オーストラリアの全レース(19821戦)中2200m以上のレースは508戦でわずかに2.6%。それらのレースの出走馬も全体の2.67%にしかなりません。これは他の競馬主要国(ダート主体のアメリカを除く)と比較しても少ないとは言えます。しかし、リステッド以上のレースとなるとオーストラリアは542戦中64戦が2200m以上であり、その割合は11.8%に急上昇します。それをまとめると以下のようになります。元記事中にもありますが、見難いので表を作りました。
Country | 総レース数 | 2200m超 | 2200m超の割合 | 上級レース数 | 2200m超 | 2200m超の割合 |
---|---|---|---|---|---|---|
Australia | 19821 | 508 | 2.6% | 542 | 64 | 11.8% |
Britain | 5554 | 365 | 6.6% | 286 | 26 | 9.1% |
France | 5482 | 1808 | 39.5% | 233 | 56 | 24.0% |
Ireland | 2270 | 499 | 22.0% | 104 | 14 | 13.7% |
NZ | 2723 | 117 | 4.3% | 148 | 21 | 14.2% |
US | 51491 | 158 | 0.3% | 1965 | 56 | 2.8% |
Japan(Total) | 16854 | 194 | 1.2% | 217 | 32 | 14.7% |
JRA | 3320 | 177 | 5.3% | 180 | 29 | 16.1% |
NAR | 13534 | 17 | 0.1% | 37 | 3 | 8.1% |
ところで、このような状況ながらオーストラリアにおいては12年前に比して長距離戦のレース数及び全体に占める割合は増加しているのです。レース数では476から508に、割合でも2.04%から2.56%への上昇です。ただし、メトロクラスのレースでの割合は5.4%から5.2%とわずかに落ちており、レベルの劣るカテゴリーで長距離レースが増えているようです。出走頭数としては一旦99/00シーズンまで減少し、底を打ってから05/06シーズンには12年前の水準に回復しました。出走数に占める割合は上昇していますが、これは全体的にレースの出走数が減ったのではないかと考えられます。2700mを超えるようなレースを見ても20戦から38戦と倍ちかく増えておりますが、このカテゴリーの出走馬の割合は減少しました。
それぞれが都市の名を冠することからも分かるようにオーストラリアにおいて長距離戦は各地のカーニバルの中心に位置するレースとして重要な位置を占めていました。現在でもそうであるのはMelbourne Cだけで、大目に見てもSydney Cは既にそうではないと言わなくてはならないでしょうし、その他は言わずもがなです。Melbourne Cにしても観客数でVictoria Derbyに負けて安泰と言い切れる状況でもないのでしょう。オーストラリアパターンレース委員会はAdelaide CとBrisbane Cの降格によって、重賞の格付けについては現在のレースのレベルを以って評価し、過去において果たした役割或いは将来的な可能性については考慮しないことを明確にしました。ARBのAustralian Stayers Challenge以外にも長距離戦振興のために対策を講じられていますが、なかなか上手くいかないというところはあるのかなと。
ARBがこういった報告書をまとめた原因の一端にMelbourne Cがあったのは間違いないかとは思いますが、日本も部分的には同じ問題を抱えているとは言えるでしょう。長距離戦が極端に無いNARは別にしても、JRA単独でも5.3%に対して16.1%というのは差が大きいと言えます。JRAがレース体系の中で長距離戦をどう扱うかというのがARB同様問題になっては来ると思います。実際春の天皇賞の出走メンバーが問題になるようなこともありましたし、この手の長距離戦の低落は決して日本にとっても無関係ではありえないでしょう。下級条件での長距離戦の不足(とはいえ出走馬も少ない)も時折指摘される事ではあります。おそらくその決壊をかろうじて防いでいるのが菊花賞(及び春の天皇賞)が持つ旧八大競争という権威でありましょうし、最近は避ける馬も多くなりつつあるとはいえ、3歳馬の多くが秋に菊花賞に照準を合わせようとするというクラシック三冠体系の霊威(仮にディープインパクト、メイショウサムソン或いはネオユニヴァース又は将来も現出するであろう春の二冠馬が菊花賞ではなく天皇賞に向かったとしてあなたはそれを賞賛できるかという問題)でもあるのでしょう。藤沢厩舎や松国厩舎のように菊を軽視する厩舎から二冠馬が出たときにどうなるかというところでもあるでしょうけど。
ただ、日本とオーストラリアの間の決定的な差異はオーストラリアが短距離に傾くのに対して、日本は中距離に傾くというところ。先の高松宮記念を見れば分かるように、日本においては今のところ短距離戦は十分な求心力を持ちえませんし、種牡馬に対する要求も短距離のスピードではなく中距離のスピードとスタミナであることもポイントになります。ステイヤーもスプリンターも日本における種牡馬需要としては少なく、1600-2400の実績を要求されるってのはあると思います。だからこそ、サクラバクシンオーのような存在に意味が出てくるのでしょう。そういった面では日本の、というかJRAの競馬がこれから直面するかもしれない問題としては1200mと3000m級のエクストリームな部分をレベル的に切り捨ててマイルからマイルハーフに集約していくのかどうかということなのかなあとも。それが良い事なのかどうかはわかりません。
まあ、マンハッタンカフェがあの競争実績で人気種牡馬になるというのは日本以外から見れば不可解な現象でもあるでしょうし、今のところはまだ、欧州以上に3000mクラスのGIを評価しているのが日本です。ただ、一度流れ始めるとドラスティックに行ってしまうかなと思うところもあったりするのです。